新卒で生保レディになった話。夢の本社異動編

生保レディの話

地獄の営業編はこちら↓

前回までは恐怖の営業マンでしたが、ついに異動編です!
本社勤務を夢見てノルマを頑張る人も多いのではないでしょうか?

非常に失礼なことに、たぬきはまったく異動を希望はしませんでした。
なぜかというともう生保業界にはいたくなかったからです。
自社他社関係なくCMを見かけるとげんなりする日々を過ごしていました。

強制アンケートで将来についての展望を書かなければいけなかったときに

今後も営業頑張りたいなんて嘘でも書くのしんどいし、
とりあえず異動したいとか書いとこ。
(どうせ異動するのは一握りだしこの成績じゃ異動なんかありえないし問題ないな)

くらいの気持ちで書いたくらい。
今回の話は、たぬきのだめさと上司の思惑が絡み合って、頑張ってる人にとっては不快な話もあるかもしれませんがありのまま書きます。
(そして文字多めです!読みづらかったらすみません!)

 

  

年度末、たぬきになぜか辞令が出ました。
あの頃のたぬきといえば

・成績はだめだめ
・課長とは全く仲良くない、お互い距離とってる
・12月頃に年度末で辞めると伝えている(但し退職面談はまったく進んでいない)

こんな状況でした。
冷静に考えてこんな人材辞めさせた方が会社のためでは•••?
と思いましたが、退職交渉が難航するなか辞令が出され『絶対辞めます』とは言えない状況に。
(辞令の日、いつもは優しい部長がめちゃくちゃ怖かった。あそこで辞めますって言ったら怒鳴られるんじゃないかとビビった。しかも次の職場も決まってなかった。)

 

たぶんこんな状態で異動できた理由は

・年間で辞める人数が多いと上司は翌年度の給料が減る=異動させればすぐにはやめないと思われた
・今までの事務スキルが評価された
・成績が微妙でも異動できる部署があった

この3つだと思います。なんなら1つ目の理由が7割くらいなんじゃないかな。

  

前の話でも書いた通り、たぬきの所属課は年間でかなりの人数が辞めていたので実際上司の給料は激減予定だったのだと思います。

  

異動が決まり、いやらしいことに

お客さんに辞めますって言わなくてよくなった•••

とほっとしている自分もいました。せこいな〜。

辞めますっというとお客さんも『またか〜』って顔をするんです。
お客さんに助けられまくっていたたぬきは失望されずに済む•••と安心してしまいました。

  

年度末は異動でてんやわんやなのでノルマに対しての詰めも甘かったです。
ほとんどの日を挨拶回りで終える不真面目さ(お客さんに対しては誠実)で過ごしました。

  

驚くべきことに、こういう時でさえお客さんへのお別れ挨拶<成績というのが生保なのです。
担当が挨拶もなしにいなくなるのは、時間をとらせてもらえないということも理由の一つとしてあると思います。

数字をとらなければ会社は存続していけない、私たちのお給料もでない、そんなのは当たり前のことですが、お客さんへの礼儀は?と常々思っていました。

会社というよりも上司の方針や気分もあるのだと思いますが、こういう面で私はこの会社・業界が本当に嫌いでした。

   

3月、後輩たちに見送られ、いざ新しい職場”コールセンター”へ出勤します。

  

えっっ!コールセンターも異動先としてあるの!?

辞令が出た時にたぬきが思ったのはまずそれでした。

コールセンターとかきついイメージしかない•••。
もう怒られるの嫌なんだけど•••。

ネガティブイメージが多くて内心ビクビクでした。(笑)

しかし、コールセンターは生保会社の数少ない事務部門のうちの1つなのです。
異動したとしても営業にいったり、営業さんたちのお手伝いをしたりと、なにかしら現場に出る仕事のが多いんです。
内勤になれることはなかなかレアなことなんだと異動して初めて知りました。

たぬきの同期では異動してからも何かしらのかたちで現場に出ている人しか知りません。

  

コールセンターでの仕事はまず大量の商品知識や話法を勉強するところから始まります。
正直営業時代の比にならないくらい知識がつきました。
営業の人なんかよりオペレーターさんたちのがよっぽど自社のことをわかっています。

営業マンたちはコールセンターを不親切な部署だと言っていましたが、実際は超親切な部署でした。
なぜ不親切だと言うかというと、営業が電話をしても門前払いをくらうからです。
そんなの当たり前ですよね!?なんで自社の人間が自社のコールセンターに問合せするのって話ですよばかなの?

数ヶ月ほどみっちり研修を受けたらついにオペレーターとして独り立ちします。
こんなに手厚い研修が受けられ、教育マニュアルが整っているのも大企業ならではだったんだなと今になって思います。

オペレーターとしての業務はきついことも楽しいこともたくさんでした。
想像通り怒って手がつけられなかったり、なかなか話を理解してくれなかったりと対応が大変なお客さんも少なくなかったです。
笑っちゃうようなクレームもあったのですが、さすがにプライバシーの問題もあるので詳細は省きます。

他にも営業さんたちが失礼なことをしたお怒り電話や、あの営業は色恋営業をしているという報告電話など様々な案件が毎日のように掛かってきて飽きませんでした。

同じ業務でも毎日違う案件を処理するので、電話をとるたびに新たな知識を得て、対応がうまくなり、日々成長を実感することができました。

     

この会社で働いてよかったと感じられたのはコールセンターという部署のおかげです。
あんなに会社嫌い・労働嫌いだったたぬきがそう感じたのだからよっぽどです。

本社の部署で働くということは、会社全体を見ること、会社の文化や風土に触れることができることでもありました。
本社の方達は楽しそうでした。会社が好きそうでした。
そんな方達と飲み会やイベントで交流をし、異動したての私はカルチャーショックを受けたものです。

  

営業時代はどれだけ末端で、捨て駒だったのか実感しました。
以前過ごしていたのと同じ会社だとはとても考えられない。

異動同期とは毎日飽きることなくこんなことを言っていました。
営業経験者がみんなが口を揃えていうくらい本社組織とは明確な差があるのです。

  

  

異動して2ヶ月、事件は突然起こりました。

5月の給与明細を見てたぬきはショックを受けました。

手取り12万円•••????

そんなことある?って感じですよね。
12万円て、アルバイトしてたほうがよっぽど稼げますよ。

家賃や保険料、奨学金など、月の固定費だけで10万近くは必要です。
残りのお金でどうやって生活していくんだろう•••と明細を見た瞬間頭の中が真っ白になって、心臓がばくばくしました。

営業時代は手取りで25万以上あったので、10万円近くお給料が減ったのです。

もともと営業手当が5万円ほど出ていたので、事務職になるのだからその分がなくなることはわかっていました。
じゃああとの金額は?なぜ?

今まで興味のなかった会社の規則本をひたすら読みました。

すると、衝撃の事実が発覚したのです。

新しい人(今まで自社で生命保険に加入したことのない人)を一定数以上加入させないと基本給付随してその他諸々手当もが下がります。

とのこと•••。3年間営業やっててまったく知りませんでした。
聞いたことなかったよそんなの•••自分が聞いてなかっただけなのかな•••。

  

もう本当に本当にショックで、この先どうやって生活したらいいのかとか不安ばかり浮かんで、今度は金銭面で憂鬱な日々が始まってしまったのです。

でも生活の水準を下げるのは容易ではなく、ここで心の弱いたぬきはクレカに頼る生活をして後々苦しむことになるのでした。
クレカ苦労の話はまたいつか。

  

飲み会に行くお金もない、お化粧品も服も買えない。
余裕がない生活というのは本当に悲しいものです。

ようやく会社に対して楽しさを見いだせていた矢先のできごとでした。
上司も親身に相談に乗ってくれましたが、昇給の規則上まともな生活ができそうな金額になるには数年かかりそうでした。

ここで何回かぶりの転職を決意します。
これが異動して2ヶ月ほど、6月初旬のことでした。

  

そろそろ生保人生クライマックスです!
次回は働きながらの転職活動と退職の話です。

  

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